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【国文学科16】ゼミフィールドワーク~紫式部像は日本に何体?~

ゼミ
池田ゼミでは、半期に1回『源氏物語』ゆかりの場所へフィールドワークを実施しています。
今回は、ゼミ生と話し合った結果、福井県越前市武生にある「紫式部公園」に決定しました。
みなさん、福井県にある「紫式部公園」をご存知ですか?

   

紫式部の父は長徳2(996)年に越前守に任命され、越前国(現・福井県)へ下向しました。
その際、紫式部も同行したことが『紫式部集』から分かります。
都(京都)から越前国府(武生)までの移動日数は、平安時代中期に成立した律令の施行細則『延喜式』によると4日とありますが、
実際には1週間程度かかったのではないでしょうか。
旅の詳細は、史料が残っていないので分かりません。

「紫式部公園」は、紅葉も盛りを少し過ぎ、冬の到来を感じさせる景色でした。

  

寝殿造庭園となっています。

  

中池には釣殿もあります。

  

そして、黄金に輝く紫式部立像!(平安女性は、立ちません。膝立ち「居(ゐ)ざる」が基本です)
水面に輝く紫式部像もなかなか乙なものです。

  

紫式部が見つめる先は、日野山。
これは、『紫式部集』に次のような和歌が記載されていることによるようです。

    暦(こよみ)に、初雪降ると書きつけたる日、目に近き日野岳(ひのたけ)といふ山の雪、いと深く見やらるれば
  ここにかく日野の杉むらうづむ雪 小塩(をしほ)の松に今日(けふ)やまがへる
                                                 (『紫式部集』25番歌)

暦は、陰陽師から配布されるカレンダーのようなもので、男性官人たちはここに日々の記録を付けていました(日記帳みたいな感じ)。
日野山の杉が雪に埋れ、京都の小塩山の松を思い出したと。

  

あの谷崎潤一郎が、この和歌を書いた石碑もあります。



その後は、福井県名物「ソースカツ丼」を食べ、無事にフィールドワークを終えました。
京都から福井県まで、1000年も前に馬や牛車で移動したとは・・・、都を離れることは紫式部にとって大きな決断だったことが想像されます。

ゼミ生一同しみじみとその道のりを感じました。

※因みに、タイトルの紫式部像ですが、答えは3体です(宇治・石山寺・武生)。
 但し、石像ではありませんが、石山寺には「源氏の間」に1体の紫式部がいるので、4体の紫式部が日本にはいます。
 今回のフィールドワークで、日本に存在する全ての紫式部を制覇したゼミ生もいました!