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へろへろのおすすめ本

へろへろのおすすめ本
図書館に時々出没するかえるのへろへろ。
住処は大学横の田んぼだという噂(田村山とも!?)。
ふらりとやってきては豆知識をつぶやくのが趣味なのだとか。
へろへろ隊長のもと、隊員である司書が本をおすすめしていく。
《 2013年度 》

2013.4

『希望(ホープ)のいる町』

ジョーン・バウアー著/中田香訳
作品社/2010年発行/933.7 ハ


 希望(ホープ)とは一体なんでしょうか。目に見えるものではないけれど、あるのとないのとでは毎日の生活が随分変わってきます。
 本書は、どんなに絶望的な状況になっても、自分や家族にとっての希望を大切にし、自分自身が希望になれるようにがんばっている女の子のお話です。

 家をでた母親のかわりに愛情をもって育ててくれたおばのアディとともに、大好きな友達に別れを告げ、違う州へと移住することになったホープは、12歳の時に母がつけたチューリップという名前からホープという名前に自分で改名した意志の強い女の子です。ホープみたいな名前は、名前にふさわしい生き方をしようと、常に気張っていなきゃならなくなる大変な名前ですが、彼女は1ヶ月悩み、その名前のように生きていけると確信します。おいしい料理をつくることに誇りを持っている根っからのコックであるアディのように、ウェイトレスとしての誇りを持っているホープは、ウィスコンシン州マルハニーで白血病の店主G.Tのかわりにお店を切り盛りしながら学校に通い、新しい仲間にも出会います。会いたいときだけやってくる母や見たことのない父親への複雑な気持ちを抱えつつも、すばらしいウェイトレスになるべく毎日を前向きに過ごしています。そんななか、G.Tが町の不正を正すべく町長選挙に出馬することになり、ホープも手伝うことになります。様々な妨害にあう中で、時には落ち込んだりしながらも、ホープはその名に恥じないよう毎日を精一杯過ごしていきます。
 父親を知らず、何度も引っ越しをし、選挙活動は問題だらけ。そんななかでも、自分にできることをひとつひとつこなし、料理やお客さんへの愛情を大切するホープの姿は、まさしく希望そのもの。
 児童文学作品としてはめずらしく、選挙活動の描写がきっちり描かれているのもすばらしく、暗いだけのお話にならないのが素敵です。
 希望は自分で作っていけるもの。毎日がつまらない、と思っている人こそ、ぜひ読んでほしい一冊です。
(へろへろ隊員 やまだ)

2013.5

『日本の城ハンドブック』

大和田哲男・監修/三省堂/2005年発行/521.823 オ

 最近、歴女(歴史が好きな女性)が増えてきたり戦国武将を用いたゲームが販売されていたり、名古屋城では名古屋おもてなし武将隊が観光客を喜ばせています。
 日本には、城跡も含めると数えきれないほどのお城があります。しかし、現在江戸時代の天守閣がそのまま残っている城は全国で12城しかありません。城はその時代城主が、城を守るためにたくさんの知恵と工夫を重ねた建築物です。例えば、急な階段は敵が簡単に登って来られず、防衛や戦闘をしやすいように工夫されていましたし、狭間は外からは壁にしか見えないようにカモフラージュしていますが、敵が攻めて来た時は漆喰を内側から突き破って城内から撃ち、奇襲する事が出来るようにしていました。 特に、滋賀県は織田信長、豊臣秀吉、石田三成など誰でも名前だけでも知っている有名な武将が戦国時代に城を築いています。
 この本の中から、ひこにゃんに会える国宝「彦根城」を紹介します。彦根城は、井伊直政の子・直勝が慶長8年(1603年)築城に着手、三代目直孝の元和8年(1622年)に20年の歳月をかけて完成させました。この城は、天守は京極高次の大津城から、西の丸三重櫓は浅井長政の小谷城から、天秤櫓は秀吉の長浜城から、太鼓門は佐和山城から各所の城から運び込んで移築され築かれたものとされています。お城の急な階段を登り、天守閣までくるとまるでその時代の息吹を感じることができ、城主になった気分になれます。
 この本は北海道から沖縄のお城にまつわる歴史や戦国武将のプロフィールが載っています。日本各地のお城などを調べたい時に便利な本です。歴史に興味がある人も、無い人も、この本を読んでお城を観光した気分になってみませんか?歴史ファン必見の本でもあります。
(へろへろ隊員 なかがま)

2013.6

『河童が覗いたインド』

妹尾河童著/新潮社/1991年発行/916 セ

 今年の夏に公開される映画『少年H』は、舞台芸術家、妹尾河童さんの自伝的小説を映画化したものです。妹尾河童さんは1930年に神戸の長田区で生まれて少年時代を過ごし、小学校5年生の時に戦争が始まりました。小説『少年H』は、この好奇心旺盛で元気いっぱいな「少年H」こと妹尾肇からみた「戦争」が描かれています。1997年に出版されたこの作品は、200万部を超える大ベストセラーとなり、毎日出版文化賞特別賞も受賞しています。
 今回のお薦めは、この妹尾河童さんの『河童が覗いたインド』です。まずは、本を開いてみて下さい。H少年そのままの好奇心と行動力でインドを旅し、そこで泊まった部屋から、見たもの、食べたものなど、あらゆるものが、妹尾さん自身の手によって詳細でユーモラスなイラストになっています。さらに、この本の文字を見てください。なんと、これも妹尾さんの手書きの文字です。半分が手書きのイラストで、半分が手書きの文字という、何もかも手書きのこの本は、いつまで見ていても飽きることはありません。 例えば、表紙にあるイラストは、アグラにある有名なタージマハールですが、そこに添えられた文章の始まりは次のようになっています。

「私のために世界一美しいお墓を作って下さい」と、ぬけぬけといった女も女なら、
「よしよし」とホントに作った男も男である。
今から350年前のことだが・・・・・。
男がムガル帝国の5代目の皇帝シャー・ジャハンであり、相手の女が彼に狂わんばかりに愛された後宮のムタターズ・マハールであったとしても・・・・・。

三十年も前の旅行記ですが、インドに興味のある人も、そうでない人も、今読んでも十分に楽しめる一冊です。是非一度手に取ってみてください
『少年H』も、とても読みやすい本です。まだ読んでない方はこの機会にいかがでしょうか。
(へろへろ隊員 ひらい)

2013.7

『スティーブ・ジョブズ』全2巻

ウォルター・アイザックソン著・井口耕二訳
講談社/2012年発行/289.3 シ-ア 1~2


 丸めがねをかけ、顎に指を添えて不敵に前を見つめる男性。
 この10年ほどの間に日本での知名度が飛躍的にアップした写真の男性、彼こそがアップルの創始者の一人であるスティーブ・ジョブズです。

 斬新なデザインと、常に新しいアイデアを盛り込んだコンピュータを次々と生み出したジョブズ率いるアップル社は、パーソナル・コンピュータだけにとどまらず、iPhoneやiPadなど、様々な社会現象を起こした製品を社会に提供してきました。美しいデザインに拘り、製品の方向性や思想を貫いてきたアップル社の歴史は順風満帆とはいえませんでしたが、ジョブズのそのカリスマ性はより多くの人々を惹きつけ、結果的にアップル社を不動の存在へと押し上げました。
 この本では、そんなスティーブ・ジョブズの生い立ちから知られざるプライベートまでを、著者ウォルター・アイザックによる50回にもおよぶインタビューによって語られています。取材嫌いだったジョブズが、自ら伝記の執筆を依頼し、様々な事柄を積極的に明かしたことにより、スティーブ・ジョブズ自身のことはもちろん、アップル社について、アップル社の製品について、また、ジョブズを取り巻く様々なことについて赤裸々に描かれています。また、著者は、ジョブズのインタビューを踏まえた上で、彼の話の裏取りや肉付けを行うため、100人以上の親類や友人、競争相手、敵、仲間から話を聞いています。けっして美化せず、良い所も悪い所もありのままに描くことに、ジョブズ自身はもちろん、彼の妻であるローリーンからも理解を得ていたことにより、この伝記が完成しました。
 スティーブ・ジョブズはけっしてすばらしい人格者でも、上司でもありません。でも、完璧を求めるその情熱と実行力、人を魅了するプレゼン力を持った天才です。彼の歩んできた波瀾万丈の人生を一緒に楽しんでみませんか?
(へろへろ隊員 やまだ)

2013.8

『おかしなジパング図版帖』

宮田珠己著/パイ インターナショナル発行/291.09 ミ

 1543年に日本が発見されて以降、多くの宣教師や使節が日本を訪れるようになりました。入国も難しいその時代に長く滞在できたヨーロッパ人たちが、日記や記録を残し、祖国で出版されるにつれ、日本の国が明らかになっていきました。そして、ヨーロッパ人はそれらの記録を読み、日本への憧れや好奇心を抱いていきました。現代でこそ、飛行機でヨーロッパに簡単に行く事ができる時代ですが、当時では日本に来るだけでもとても大変な事だったでしょう。
 本書では、オランダ人のアルノルドゥス・モンタヌスが著した『日本誌』の挿絵を紹介しています。当時、断片的にしか伝わっていなかった日本の情報を網羅的に取り上げ、なおかつ文章で伝えられていた日本を、90点以上の挿絵で紹介しました。これにより、日本のイメージは視覚的に伝わるようになりました。しかしモンタヌス自身も日本に来たことがなかったために、間違った描写、思い込み、空想に溢れた表現の突っ込みどころ満載のユニークな挿絵になっています。
 挿絵の面白いところを取り上げてみると、武士の着物の裾が地面に触れるぐらいに長く垂れていて、馬に乗っている武士の兜はヨーロッパ風、相撲では、土俵は力士のいない観覧所になってしまっています。あなたも実際に手に取って、当時のヨーロッパ人が想像していたユニークな日本の文化を覗いてみてはいかがですか?17世紀の挿絵ですが、とてもきれいな作品ばかりです。
(へろへろ隊員 なかがま)

2013.9

『公文書でたどる近代滋賀のあゆみ』

滋賀県県政資料室編/サンライズ出版/2013年発行/216.1 シ

 滋賀県庁内にある「県政資料室」には、明治以降の、役所が作成した多くの文書が保存されています。これらの公文書は、質・量ともに全国でも有数のものとされ、今年、県の有形文化財にも指定されました。この本には、そこに所蔵されている明治以降、昭和20年までの公文書を読み解くことで浮かび上がってくる、近代の滋賀の歴史が語られています。
 滋賀県はどのようにして現在の形になったのか、京都の近代化の代表的な出来事として語られる琵琶湖疎水の開設を滋賀県側から見ればどうだったのか、大津で日本人によって負傷させられたロシア皇太子を滋賀県はどうのように迎え、大津事件後どのように対処したか、湖西の鉄道はどのような経緯を経て現在の状態になっているのか、明治47年の姉川地震での大震災はどんな様子だったのか、明治になって多くの城が失われていくなか彦根城はどのようにして守られてきたのか、など全部で16の出来事が多くの史料そのものの写真とともに語られています。また、それぞれの出来事の間にある、見開き2ページの「コラム」からも様々な興味深い事柄を知ることができます。
 この本を読んでいて驚かされるのは、ここに語られている歴史的な事柄が、そこで、その時を生きている人々の様子として浮かび上がってくることです。そして、この本は、無味乾燥なものと思いがちな役所の文書から、このような生き生きとした歴史を読み取ることができるのだ、ということも教えてくれます。
 この本の編集を担当された県政資料室の梅澤幸平氏は、元滋賀県立図書館の館長であり、本学の司書講習の講師も務めて下さっています。
(へろへろ隊員 ひらい)

2013.10

『これからどうする-未来のつくり方-』

岩波書店編集部編/岩波書店/2013年発行/304 イ

 今、私たちは様々な問題のなかで閉塞感とともに生きています。震災や原発、国際事情、身近な問題から大きな問題まで、多くの社会的問題が私たちを取り巻いています。そんな社会のなかで、未来を感じ、描いていくにはどうしたらいいのでしょうか?
 本書では、政治・経済・国際関係・社会・教育・科学・技術・文化・芸術・メディアなど、様々な分野で活躍する228人が「これからどうする」を提案しています。私たちが知っていること、知らないこと、多種多様な問題をそれぞれの立場から問題提起し、考えるチャンスを与えてくれています。例えば、養老孟司氏は「ああすれば、こうなる」の中で、「これから、どうする」への解答は簡単で、「逃げないことである。」と書いています。
 「ああすれば、こうなる」と全ての事に予想を当てはめていった場合に、想定外のことが起こった時、人は対処できるのか。人生は予定通りに行くのか。という問いに対して、私たち一人一人の回答は違うでしょう。考え方も、その回答にいたる経緯も違うと思います。そして、それこそが、「これからどうする」のか考える上で大切なことではないでしょうか。中には、反発や考え方の相違、見解の違いを感じる問題もあるでしょう。書き手の立場が様々なら、読み手の私たちの立場も様々です。ですが、同じ意見では議論はできません。違うからこそ、投げられた問題を吟味し、考え、議論していくことができます。そして、その議論に耳を傾け、それと粘り強く付き合い、自分の考えとどの点が違うのかをじっくり考えてみることやそれについて周囲の人びとと話し合ってみることの積み重ねが、新しい時代を切り拓いていく力になると本書で語られています。
 これが問題である、と提起されるまで知らなかった問題も多く掲載されています。今、社会で何が起こっているのか、私たちはなにを不安に感じているのか、この本と一緒に考えてみませんか?
(へろへろ隊員 やまだ)

2013.11

『食品の裏側-みんな大好きな食品添加物-』

安部司著/東洋経済新報社
2005年発行/498.519 ア


 誰でも必ずスーパーやコンビニなどのお店に行って食品を買いますが、原材料名を確認したことはありますか?
 原材料名には、「ソルビン酸カリウム」「グリセリン脂肪酸エステル」など添加物の化学記号で表示されており、私たちにはそれがどういったものかよくわかりません。多量摂取すると体に影響を及ぼすものがあるのもご存知ですか?しかし、食品添加物によって、消費者が安く購入でき手軽に調理ができる便利な食品ができたのも事実です。
 塩についても例外ではありません。本書で書かれている塩について紹介したいと思います。大きく4つの種類に分かれています。①[精製塩]…海水から電気と膜を使って塩化ナトリウムだけを取り出したもの。塩化ナトリウムの純度が高く、それ以外の成分はほとんど除去されています。いままで一般的に使われていた食塩がこれに当たります。②[輸入塩]…いわゆる岩塩や天日塩です。一部、海塩もあります。メキシコやオーストラリア、中国製が多いようです。③[再生加工塩]…メキシコやオーストラリアなどから輸入された岩塩や天日塩などを、一度海水で溶かし、塩化マグネシウムなどを加えて再生加工したもの。④自然海塩…海から直接くみ上げ、水分を蒸発させた塩。日本古来の塩のつくり方で、成分をまったく調整しない伝統的な塩です。「自然海塩」と書かれています。このように、塩でも加工製品があるのです。
 本書では、食品添加物が大量に使われている加工食品から調味料など様々なテーマを取り上げて、消費者に知ることができない食品添加物をわかりやすく解説した本です。食欲の秋になりいつもより多くご飯を食べる人もいるでしょう。この機械に、健康維持するためにも自分が摂取する食品添加物について考えてみてはいかがでしょうか?
(へろへろ隊員 なかがま)

2013.12

『サンタクロースっているんでしょうか? -子どもの質問にこたえて-』

中村妙子訳・東逸子画
偕成社/1977年発行/386 サ


 「サンタクロースっているんでしょうか?」もし、子どもたちにこのように聞かれたら、あなたはどのように答えるでしょうか。
 この本は、八歳の少女のこの質問に対して、アメリカの新聞社が答えた「社説」を翻訳したものです。
 今から百年以上前の1897年、ニューヨーク・サン新聞社に、このような手紙がとどきました。

『きしゃさま
あたしは、八つです。
あたしの友達に、「サンタクロースなんていないんだ。」っていっている子がいます。
パパにきいてみたら、
「サンしんぶんに、といあわせてごらん。しんぶんしゃで、サンタクロースがいるというなら、そりゃもう、たしかにいるんだろうよ。」と、いいました。
ですから、おねがいです。おしえてください。サンタクロースって、ほんとうにいるんでしょうか。
バージニア=オハンロン
ニューヨーク市西95丁目115番地』

 この手紙に対して、サン新聞社は、9月21日に「社説」で応えたのです。この「社説」は多くの人々に感銘を与えました。そして、それ以後、クリスマスの頃になるといろいろな新聞や雑誌で取り上げられ、誰もが知る有名な「社説」となったのです。
 いったい、「社説」はなんと答えたのでしょうか。ぜひ読んでいただきたいのですが、この「社説」の最も有名なフレーズはこれです。

  Yes, Virginia, there is a Santa Claus.
  (そう、バージニア、サンタクロースはいるのです。)

 目に見えるものしか信じられないことのさびしさ、そして、この世界で、確かで変わらないこと、美しく輝かしいものは、みえないものなのだ、と分かりやすく、やさしく語りかけています。とても小さな本ですが、東逸子さんの絵も含めてとても素敵な本です。
 手紙を書いたバージニアがどんな少女で、その後どのような生涯を送ったのか、また、この無記名の「社説」を書いた記者のことに興味を持たれたら、『サンタの友だちバージニア』(村上ゆみ子著、東逸子絵/偕成社/1994年発行)も読んでみて下さい。
(文中のバージニアの手紙は本書より引用しました。)
(へろへろ隊員 ひらい)

2014.1

『とるこ日記-“ダメ人間”作家トリオの脱力旅行記-』

定金伸治・乙一・松原真琴著
集英社/2006年発行/915.6 サ

 本書は自称(他称含む?)“ダメ人間”の作家トリオが2004年にトルコに行った際の旅行記です。が、著者たちも本文中で述べている通り、「半ヒキコモリのダメ人間が椎名誠先生の『あやしい探検隊シリーズ』をリスペクトしてみたら、こうなってしまった」風情に満ちあふれた珍道中の連続で、作家らしい思索的な文章を含まないゆるーい内容に満ちあふれています。
 元々がブログでの企画だったこともあり、ページ左では定金氏が本文を担当し、ページ右には乙一氏・松原氏、さらには本文担当である定金氏のツッコミやエピソードが掲載されたユニークな構成になっています。成田空港からの出発に始まり、イスタンブールなどを巡った後の帰国までを、写真やイラストを交えて綴られていますが、旅のノウハウ、観光地の見所などをきれいさっぱりすっとばし、ひたすら日常会話とツッコミに溢れているのがなんとも面白く楽しめます。 初めてのトルコに、無謀にも個人プランでアタック。スリもぼったくりも経験し、親切な人までもが悪い人に思える道中、それでも定金氏の行きたいところについてゆく二人。節約のためにホテルはドミトリーか3人一部屋の安宿。最初は下着を干すのを恥ずかしがっていた松原氏も、旅の途中からは定金・乙一両氏に倣って照明に下着をかけて干すようになるほど。
 とにかく彼らの行動と会話がバカバカしくておもしろい(←ほめてます)。
 そんな彼らも、客引きに無理矢理連れていかれたツーリストインフォメーションでツアーを組んでもらい、カッパドキア・ハットゥシャ遺跡・パムッカレ・イズミール・エフェスを廻る頃にはトルコの景色を思い思いに楽しむようになっていきます。壮大な風景に感動しつつも、ローカルなネタでトルコを堪能するところが“ダメ人間”たる所以でしょうか。アラジャホユックでは「ラピュタみたい!」と興奮し、カッパドキアの奇岩をみては「たけのこの里にみえる。」というつぶやき。さらに、終始なにかにつけてタモリ氏の話を繰り返すトリオ。何度も掲載されている写真は風景より各々のどたま(後頭部)。トルコを楽しむというよりは彼らの会話を楽しむ一冊となっています。
 なお、使命感に燃えた松原氏のメモにより再現された献立表と、一応頑張って撮影していた写真が一番トルコを物語っているというところもすばらしい。
 ひたすら楽しく読み進めることができる旅行記です。ああ、トルコ行きたいな~。
(へろへろ隊員 やまだ)

2014.2

『チョコレートの歴史物語 : お菓子の図書館』

サラ・モス他著/原書房/2013年発行/383.8 モ

 苦くて甘くてとろけるおいしいチョコレート…。そんなチョコレートができるには、まずカカオの実が必要です。そのカカオの木は、どこで育つのでしょうか?
 カカオは、赤道から20度以内、標高約300メートル以下のところでしか育ちません。生育には日陰が必要ですが、それはもっと丈の高い木々の樹影でなければならず、しかも湿度と、およそ16度以上に保たれる気温が欠かせません。大規模農園では栽培がうまくいかず、数週間のうちに農園全体がやられてしまうような病気も発生しやすいデリケートな木なのです。
 そんなカカオは、チョコレートになる前はどのように扱われていたのでしょうか?実はカカオ豆を黄金の変わりとして貨幣に使用したり、神への捧げ物として扱っていました。また、女性たちはカカオ・ペーストにし、薄めて飲み物にもしていました。一体、どのような味だったのでしょう? 16世紀半ばにチョコレートを知ったジローラモ・ベンゾーニは、「それは人間の飲み物というより、豚にふさわしい飲み物のように思えた。わたしはこの国に1年以上住んでいるが、それを味わいたいと思ったことは一度もなかった。」といったようにあまりおいしいものではなかったようです。そんな味のチョコレートも19世紀の技術革新で甘くておいしいチョコレートになっていったのです。
 本書は、世界中を魅了するチョコレートになるまでの激動の歴史を綴っています。2月の行事には14日にバレンタインデーがあり、お店ではたくさんのおいしいチョコレートが並んだり、チョコレートを手作りする人がいると思います。この機会にチョコレートの歴史について学んでみてはいかがですか? 
(へろへろ隊員 なかがま)